払田柵跡History~2015~

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Member ===未有 芽依

 

はじめに

===⇒小学校の頃に行ったりしたけれど、どんな遺跡なのかもっと深く知りたいと思い、調べてみました。

 

QA

Q.いつごろできたのか?

A.延暦20年(801)ごろ

Q.何のためにつくられた?

A.東北地方を治める政治と軍事の拠点(城柵)の1つとしてつくられたと考えられます。

Q.誰が調査した?

A.旧六郷町(現在の美郷町)の町長もつとめた後藤 宙外(ごとう ちゅうがい)が城柵ではないかと気づき調査をはじめました。現在は秋田県などによって調査がすすめられています。

Q.払田柵がつくられたのはどんな時代だった?

A.古代の東北地方に暮らし、律令国家の支配にしたがわからなかった人々は朝廷から「蝦夷」と呼ばれました。

8世紀の末から9世紀にかけて、朝廷は大軍をおくり、武力で従わせようとしました。

Q.名前の由来は?

A.古代の文献に記されているどの城柵にもあてはまらず、地名をとって命名されましたが、現在でも当時なんと呼ばれたのかということなどはわかっていません。

 

見所

===⇒平安時代初めの城柵で東北最大規模の遺跡

感想 

===⇒払田柵は古代の東北を治めるために、朝廷にとってはとても大切だったと分かりました。その役割も政治や軍事などいろいろなものがあり、身近なところに意外と重要な史跡があることに驚きました。

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