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 「いけばな」とは何か?
 道誉と専応
 フラワーデザイン   
       vs いけばな
 LecturesNO14 佐々木道誉と池坊専応

佐々木道誉と池坊専応

さて、まずは「佐々木道誉」さんです。

2 佐々木道誉

彼は婆娑羅大名でかなり乱暴者のイメージが強い人なんですが、実のところは日本を代表する文化人なのですね。
その証拠に、当時の連歌集(つくばしゅう)に78点もの作品を残しており、茶の湯や、その他の芸道を裏から支え文化の後援者・創造者として実力を発揮しました。

代表的なイベントものを挙げますと、「茶の湯」での「七夕の七ずくし」の演出があります。
これは、将軍を招いて七百番の歌合せを企画していた細川清氏に対抗して、邸内に七所飾り七采を用意し、七百種類の賞品を出す七十種の闘茶を催すというもので、結局、細川清氏対佐々木道誉の戦いになるわけですが、客が全て道誉の七夕の宴に集まり、結果的に「佐々木道誉」の名を世に知らしめることとなるわけです。

ところが、「茶の湯」でこれだけの成功を収めておきながら、「いけばな」に関する彼の演出はもっと凄いんです。

五条大橋の架け替え工事に手間取る道誉に、同じ大名の「斯波高経」はチャンスと見たのか挑戦状を叩きつけて、傍らから道誉の仕事を掠め取りまして期限内に五条大橋を完成させてしまいます。
面白くない道誉はリベンジをもくろみました。
宿敵「斯波高経」の主催する花見の宴に標準を合わせ、道誉もまた大原野で大掛かりな花見の宴を企画します。

その花見の花というのが・・・巨大な桜の樹4本、その根元に真鍮の花瓶を造って自然にある桜を「いけばな」に変身させたのです。・・・いいですねー。古今東西こんな奇想天外な「いけばな」には出会ったことがありません。

「いけばな」とは花瓶に花を立てるもの・・・という常識をみごとにくつがえし、花瓶の両脇には経机を置き、大きな香木をたき香りを充満させるというものでした。
その中で客たちは都中の銘菓を並べ闘茶に興じ、百の珍味で酒を飲み、芸能鑑賞を楽しみ、夜には松明で例の桜の「いけばな」をライトアップして踊り狂ったんです。・・・今ならパラパラを踊っているような感じでしょうか?。(>_<)

それを、桜の咲きはじめから散るまで、20日間もやってたというのですから驚きです。

ここで「婆娑羅」という言葉がでてきますが、これは日本文化のキーワードなので、ひとつ説明させていただきますと、「婆娑羅」というのは、当時流行した「狂気じみた浪費」を意味していますが、その本来の意義は現実の秩序を否定して新しい世界を開くキーワードでもあるのです。

もう少し平たくいいますと、「ものごとの極端に走る」とでも言いましょうか・・・。

後世、千利休が「わび」という美意識を日本文化の中心にすえていきますが、これなども実は「婆娑羅」の片方を強調したものなのです。
要するに「豪華絢爛な美」という「片方」が存在しているのですが、利休はあえてこの片一方の美にこだわります。
これは多分、秀吉という存在があったからでしょう。
利休と秀吉は婆娑羅の両極といえるようですね。
このように婆娑羅はその後の日本文化を決定する因子だったんです。

・・・というわけで、この「佐々木道誉」という人物と「婆娑羅」という言葉に出会ってから、僕は「いけばな」がいっそう好きになり、その影響で花のイベントや講習会をやると必ず宴会をしなければならない・・・という強迫観念にとらわれるようになり酒乱になりました。(-_-;)
・・・と、いうのは冗談ですが、やはりほとんどのイベントが酒がらみです。
もちろん、そりゃー、単なる酒好きということではないか・・・っていう意見もありますがね。・・・(+_+)

それにしても、「佐々木道誉」のこの花見の宴を、よ〜く分析しますと、「いけばな」の特性を見事に捕らえたイベントであることがわかります。

まず、これはインスタレーション性が強いですね。インスタレーションというのは現代美術用語で、備え付けるとか配置すると言う意味です。そういうふうに物をおくことによって、その空間自体の意味や雰囲気を変化させることをいいます。

「いけばな」は前述したように、樹を立てることによって神様を呼び降ろし、その場を神聖な所に変えるわけですから、本来インスタレーションなんです。
道誉もまた桜の「いけばな」によって、その場を非日常化することに成功しています。

もうひとつ、「何のために花を立てるか」ってことです。
この場合は催しのシンボルとして「いけばな」があるわけで、主役であるようで脇役なんですね。
近年の花のイベントは花が主役で、その他はなんにもない。・・・僕は花というのは演出で何かを引き立てるものだと思うんですが・・・主役に見えていても主役ではない存在、そんな気がしますが皆さんはどう思われますか?

さて、次に是非知っておいてほしい人物は六角堂頂法寺の僧。いけばなを総括、体系化し、池坊いけばなの発展をもたらした「池坊専応」という方です。

この方はいまから約四百数十年前、なんと「いけばな」のテキストを残しています。
今となっては、この文章からしか彼の「いけばな」の思想をうかがい知ることはできませんが、彼の「いけばな」には東洋文化、日本文化が結集されており、とにかく文句なく凄いんですね。(+_+)

簡単に要約しますと、

1.「いけばな」の美は花だけではなく、その花にあらざる部分にも注目しなさい。

と、言っています。
これは拡大解釈していきますと、枝や葉ばかりではなく、空間や石や水全てが「いけばな」の要素ですというわけで、後世のオブジェ「いけばな」もみとめちゃっていることになります。
「いけばな」のアニミズム化とでもいいましょうか。日本の本質をとらえた意見ですね。

2.「いけばな」は小宇宙である。
・・・いいですね。全くそのとおりです。

3.「いけばな」は短時間のうちに千変万化しうつろう無常の理をあらわす。
・・・ここに仏教がはいってきました。まあ、池坊専応さんはれっきとしたお坊さんですからあたりまえですけどね。

4、常緑樹は神の依り代である。
・・・とまあ、さりげなく原点にもどり神道にも敬意をあらわしていますね。

5.「いけばな」を悟りの境地にはいる手段として勉強しなさい。

つまり、これには三つの世界が共存しています。「仏教」と「神道」と「中国思想」です。
まさしく当時の文化のエッセンスが「いけばな」に集約されているわけです。そして、それは現代の「いけばな」の忘れかけている最もいいところでもあるわけです。

まだまだ、たくさんの先人達が相当一生懸命、まさに命をかけて「いけばな」を追求したわけで、それはいろんな流派を生み出し分化して現代に至ります。

僕たちが「いけばな」文化に触れるのは、現在はほとんどがそれぞれの流派を通してですが、このような流派ができる以前の”つわもの”を知る事によって、その原点がくっきりと見えてくるわけですね。

ちょっと長かったですが、21世紀の最初に「いけばな」の骨格といいますか、アウトラインがご理解頂けましたら幸いです。

 


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